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今が冬じゃなければ釣り狂ったことだろう

私は釣り好きで本当に釣り好きで多少の悩みなどは釣りをすれば消えてしまう
だから今が冬である事が辛い!
まさに今、気分を変えて渓流の力を借りたいところだというのに・・・

今回は自分の近況とちょっとした不満なんかをかいてしまうので釣り情報を楽しみにしてくれている人は、つまらない文章になってしまうので読ま無い方がいいかもしれません;(長文;)

まず私ですがいろいろな事情で最近はフリーターをやっていた
インターネットや多少のバイトなんかで収入にはあまり困っていなかったのでついだらだらと楽な生活を続けていた。
でも急に有り余る時間がもったいなくて何かに打ち込みたいと思って11月末に仕事を探しはじめた
しかし恥ずかしいことに高卒も持たない私は数学や文章に弱く以前はパチンコ店で働いていた頃はありがたい事に役職までいただいたのだが、その数字の弱さ与えられた仕事に苦戦した記憶もある
なので職選びも慎重になり悩んでいた
まずは経験のある土木作業、パチンコ店、飲食業などでお金を貯めて自分で経営するのが一番良いと目標をたて
考えてみた
すると昔土木作業員だった頃同じ会社でお世話になった上司が現在は会社を立ち上げて社長をやっていることを思い出した
まず土木をやってお金を貯めようかと考えた
その社長というのは非常に癖のある性格で傲慢で人に厳しく昔から私はその人が好きではなかったが私も
人生経験を積んだことだし今なら良い付き合いもできるはずと考え本当に久しぶりにその社長に連絡してみたのです。
電話で話すと何か酔っ払っているのか会話の構成がメチャクチャで言いたい事がよく解らなかった
酔っ払っているのか?
なんとか理解できたのは飲食店を経営しようと思っていてそこで働いてくれないかということ
こちらはまだ仕事をさせてほしいとも言っていないのに仕事をしてほしいなんて言われて
これはまさにタイミングがいいと言えると思った
翌日久々に社長に会って話しをした
聞いてみるとすでに何屋さんをやりたいのかも決まっていて「○○○屋の店長をやってくれ!」なんて力強く言ってきた。
給料も具体的にはここでは書かないが結構な金額を提案したらあっさりOK!
信じられない本当はそこから少しづつ下がった金額になるだろうから高めに言ってみたのに・・・
正直、正気かなぁ?と思った
さらに話を煮詰めるのに少し店に入って話そうと言われて車から下りて歩く姿を見て驚いた
足を引きずって歩き歩行困難の状態私の驚いた顔を見て「事故で足痛くしたんだ」と社長が言った
そういえば事故を起こしたなんて噂を前に聞いた事があったがまさかこんな状態だったとは
それから店内で社長の考えを聞いたまず○○○屋を自分に任せたいということおそらく土木業があるので人に任せるしかないのだろう
後には札幌や東京に店舗展開を考えているという
随分とトッピな話だとは思ったがそれだけの資金力があるのかと思い逆に関心したのだが
戦略はメチャメチャ聞いていて恥ずかしくなったが、まぁ私に任せてくれるというのだからある程度こちらで戦略を練り直せばいけないこともない計画かと考えたし何よりこれはチャンスだと思った高額な給料にさらに私に任せてくれるなんて、やりがいがあるじゃないか!
私のやった事のない料理のジャンルだったので経験がないのですがと問題を言ったところレシピは何とか手に入れるから心配するな!とまたまた力強い返答!
ただオープンを12月22にまでにしたいと無茶苦茶なことを言ってきたそりゃあ年末の書き入れ時に商売したいのは解るが計画が薄っぺらいフワフワすた状態で進めるのはどうかと思いますよ!と言ってみたのだが
周りにも同じ事を言われるが時間はかけていられないと切り返された
少し気になったのはこの強引さと他にも昔と違い非常に暗いオーラーが出ているし性格も変った
言語もおかしいし事故の影響があるのか心配だったので
調子が悪いのは足だけですかと念をおしたが他は健康だということだったので思い切ってこの話を受けることにした
次の日には名刺や携帯電話を渡された
それから毎日が多忙でした蓋を開けてみれば何も決まったいなくレシピどころか何一つ調べもしていない状態
物件を決めるときやはり止めた方がいいんじゃないですかとも言ったがとまらなかった
その後毎日打ち合わせをしているうちに怖くなってきた社長はまるで子供話しているように落胆的で
金銭的にも実はかなり余裕がないようだ私が探してきて提案した居抜き物件は全て却下され結果立地条件の悪い
場所を選択し契約してしまったならば思い切って○○○やを止めて居酒屋にしましょうと言ったが何も変らなかった。
それからも奇行はめだった
ある日社長の家に呼ばれ料理を食べさせてもらった自身満々に
「俺が言いたかった事はこういう事だビックマネーの臭いがするだろう!」
と言って食べさせてもらったそれはひどく不味いふざけているのかと思ったが何も言わず食べた
美味いとも不味いとも言わず無言で・・・
それでも社長は自身満々に「俺は食べた物は同じ味を再現できる特殊能力が有る!」と大真面目な顔で言う
私はすっかり怖くなってしまった
レシピは心配要らないなんて言っていたのに・・・
そこで翌日から数々の業者を回り調理済みの物をメニューに入れていく準備をした
ところがそれを社長にとがめられた
そんな意味のない事をするなと・・・
おかしいあの人の考えている事が解らない多分オープン後1ヶ月で経営困難に陥るだろう
店内の内装も私の意見は一つもとおらなかった
そんなにお金は無いからと!という理由だっので私もどうにもできなかったができあがった店内はひどかった
コンセプトにあわない遊びでやっている感じだ
さらにはなぜもっとこうしなかった!と私が提案して自分が却下したことを言ってきたり
もうメチャクチャ・・・ある日限界がきて社長に言った今後の身の振り方を考えさせていただきます
すると社長が話があると言う
聞くと・・・驚いたことに社長は病んでいた「俺は○○○って病気なんだ」それは筋肉が動かなくなり3年くらいで死んでしまう病気らしい涙目で訴えてきた時間が無いんだ!と強く言った
なるほどそれで焦っていた訳か、しかしなぜこれからさらに病んでいくというのに商売をやりたいのか私には理解できないがその場は何も言えずもう少しがんばると私は言った
その病気について少し調べてみると本当に絶望的で治療法が今は無いらしい
そのうえその病気にかかった一部の人には痴呆症もみられてしまうという
それで奇行が目立ったわけだ

オープン3日前社長が、私、事務員、バイトの前で具体的なレシピを疲労して食べさせてくれた
ひどい味だし見た目もまるで残飯だった
バイトの女の子も一口で残した
次の日社長は荒れていたひどくアタリ散らされた
本人も本当は解っていただろうオープンなどできないことも自分の頭まで病んでいることも
でも認めないこのままじゃ間に合わないぞ!と怒鳴るばかり
私とバイトの人はこの日で辞めさせていただいた
今は店舗にかけたお金と社長の病状を考えると心の中がざわつくがこれ以上私の人生の貴重の時間を破綻している計画に付き合うわけにはいかない
昨日店の前を通ってみた
やはりオープンはしていなかった・・・

私は年明けには新しい仕事を探そうと思っている
あぁ釣りでもして気分を変えたい
1月には朱鞠内湖にでも行ってこよう
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コメント

御世話になります。
御苦労されているようですね
長文の返信失礼いたします。
私は二十歳の時に夢を追いかけて、レース車両制作会社で働いていましたが、バブル崩壊の時期で会社は倒産し、負債総額2億円、ちろん従業員は全員保証人で私も個人名義で500万の借金と共に投げ出されました。先輩方は殆どが自己破産の道を選びましたが、私は返済する事を選びました。二十歳の私は本気になれば返せると楽観視してました。平日は市役所の臨時職員で夕方まで働き夕方から、塾の講師で、10時半からイタリア料理店で厨房のバイト、土日はタイヤショップで夜8時まで働かき、10時半まで塾講師でそれから朝4時まで厨房に入る。4つのバイトを掛け持ちしてボロボロになり1年半で借金は無くなりました。しかしそれから半年間身を粉にして働いても何も残らない虚脱感に、心の中が空洞になり6ヶ月間部屋から一歩も出ずにドラクエを1~6まで攻略本無しでやりました。いわゆるニ―トです。そうこうしている内に兄が交通事故で27歳で亡くなりました。その時私はまだ22歳でした。兄は原子力プラントの研究開発をしていて個人特許も持っていて食うには困らない人生を歩むはずでした。でもあっけなくこの世を去りました。私は社会的な地位さえ運命は奪ってしまうのかと嘆き腐りましたが、そんな時に長男を授かりました。それからは妻と子どもの為にと外車ディーラーで整備士として働き、その後、現職に着きました。あれから10年私は今の会社でまだ働いています。いい会社に巡り合ったと思っていますが、やはり不満もありますが幸せで安定的な生活を保障してくれる今の会社でしばらくは落ち着いていると思います。
さて、学歴の話ですが、私は高卒ですが・・・私の母は以前ここに書かせて頂いたと思いますが、民族的な差別で高校に行けなかった世代で私が高校入学と同時に46歳で定時制の高校へ入学しました。51歳で卒業しましたよ!私の苦労に比べたら母の苦労は比べ物にならないと何時も励みにしています。
果たしの母はいつも「希望を諦めるのは自分で 希望が自分をあきらめますか?」といって私をいつも見守ってくれました。どうか希望を捨てずに頑張って下さい。きっと道は開けます。夜明け前が一番暗いんです。でも朝日が一番眩しいんです。時間がいつかもやもやを消し去ってくれます。なんて私も今大きな悩みを抱えていますが、誰かを傷つけなくちゃ前に進めない時は必ずあるんで、傷つけたことに気付いていれば大丈夫です。社長の事も心配かも知れも知れませんが、命は一つ、人生は一回です。御自分のことだけを考えて進む事も時には必要ですよ、生意気言って申し訳ありません。少しでもお力添え出来ればと ではでは

2011年12月24日(土)05時55分18秒|URL|㌢メーター倶楽部 #-|編集Λ
㌢メーター倶楽部 さん

おはようございます
お会いしたことも無いというのに、いつも私に親身になってコメントをくださって非常に嬉しく感じています。
みなさんいろいろありますよね
私だけが苦労している訳ではないので、くよくよしていても仕方がないのですが最近の私の経験の中でかなり衝撃的でしばらく心に残りそうです
間近で病んでいる人と接するのは本当に辛かった・・・
体は動かず心まで蝕まれたいた姿はこちらの心まで悲しくさせます
そんな状態とも知らずに計画に乗っかってしまったことが残念ですが
社長からも最初に話してくれていれば強く止めたのにと思っています
ですが冷たい言い方になってしましますが私も社長の元を離れた今
すでに関係のない存在なので1日も早く忘れるようにします。

㌢メーター倶楽部さんも若い頃から苦労なさっているのですね
人生いろいろで、みんないろいろ抱えているし私はまだ吐き出せる場所を
持っていて幸せだと感じます
ブログでまで励まされなんだか吹っ切れたきがします
㌢メーター倶楽部さんありがとうございます。

2011年12月24日(土)06時38分32秒|URL|ファイナルフィッシャーマン #-|編集Λ
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Author:ファイナルフィッシャーマン
1981年生まれの旭川住み。
小さな頃から釣りをしていて淡水魚水生生物に強い興味があり飼育などもしています。

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